
知って得する豆知識。教えて!コーパス先生
第27回 宇都宮城について宇都宮の名前の由来は、鎌倉時代までさかのぼります。
源頼朝が奥州合戦に向かう道中、勝利を願って「宇津宮」にお参りしました。
二荒山神社のことです。
宇都宮城と聞いて思いつくのは何でしょうか。
かつては、夜のゴールデン時間帯に時代劇の「水戸黄門」が放送されていました。
そうなんです。
時代劇が毎週テレビで流れていたなんて、若い世代にはピンとこないかもしれません。
そこでは、主役の黄門様=水戸光圀が宇都宮城に泊まったとき、釣天井によってあやうく暗殺されそうになる場面がありました。
釣天井とは天井がからくり仕掛けになっていて、天井が丸ごと落ちるように細工されたもの。でも実際はこのような仕掛けなどそもそもなく、釣天井は全くの嘘、でたらめとのことです。
水戸光圀がいた江戸時代。
中学校では参勤交代の制度が始まったことを習います。
江戸と領地を1年おきに往復することが義務付けられた制度です。
江戸幕府に対する従順を維持し、また藩が財産を蓄えないようにさせるためです。
この頃の宇都宮城の城主は、譜代大名が勤めました。
関ヶ原の戦い以前から、徳川家に仕えたのが譜代大名です。
2代将軍の徳川秀忠が初めて宇都宮城に宿泊したのは、家康が祀られている日光にお参りするためでした。
そのときの城主が本多正純です。
彼は後に宇都宮城を取り上げられた腹いせに、大工に命じて釣天井を作らせたとされています。
先ほど言ったように、これは伝説です。
テレビ「水戸黄門」の釣天井のエピソードもここから作られたのでしょう。
いつの時代も物語は欠かせません。
徳川家康が江戸幕府を開く前に、天下を統一していたのは豊臣秀吉です。
秀吉は東国の大名を宇都宮城に集めて、関東だけでなく、東北も含めて大名配置を決めました。
宇都宮城には十日間滞在したそうです。
このときの宇都宮城主は宇都宮国綱です。
鎌倉時代から続く宇都宮氏の22代にあたります。
北条氏を滅ぼして全国統一を果たした豊臣秀吉は、最後は国綱を追放します。
所領や家禄、屋敷を没収しました。改易(かいえき)といいます。
国綱を改易した後に正式に宇都宮城主となったのは、蒲生秀行でした。
三百年近く宇都宮城主を務め続けた宇都宮氏はここで途絶えます。
宇都宮氏をたどると、どの時代までさかのぼれるでしょうか。
答えは鎌倉時代です。
宇都宮城を作った人物としては、平安時代の藤原秀郷、藤原宗円が挙げれらるようです。
発掘して堀が確認されたのは、3代の宇都宮朝綱の頃です。
源頼朝に命じられて北面の武士を務めた人物です。
北面の武士は、後白河上皇を警護するために設けられました。
宇都宮氏の中には、百人一首のきっかけを作った人物もいました。
5代の宇都宮頼綱です。
当時は、ふすまに和歌を書いた色紙を貼ることがはやっていました。
歌人の藤原定家と交流があった頼綱は、彼に和歌の選定をお願いしました。
そのときにまとめられたのが百人一首の元になったようです。
Q.どうして今は宇都宮城がないの?
A.宇都宮城は戊辰戦争の結果、落城してしまいました。
京都に始まり1869年5月の函館まで続いた新政府軍と旧幕府軍の戦いですね。
旧幕府軍によって弱点を突いて攻撃をしかけられたため、守る側が敵の手に渡ることを恐れて火を放ちました。
その後は、新政府軍の救援がやってきて、旧幕府軍は北方に退却するしかなかったようです。
この戦いでは、新撰組副長の土方歳三も参加しています。
参考文献:
https://utsunomiya-8story.jp/wordpress/wp-content/themes/utsunomiya/
image/archive/contents08/pdf_07.pdf
https://www.utsunomiya-jo.jp/archive/materials/utsunomiya_pamph.pdf










私は浪人して大学に行きました。
それから就職を何度か繰り返してきて、これまでの人生はずいぶん遠回りしているかもしれません。しかしその分「回り道」をしたことでどんな経験も無駄ではなかったとも思っています。
人生の中で受験は通過点の一つに過ぎませんが、大きな試練の一つでもあります。子供から大人へと成長しようと「脱皮」している彼らに手助けしてあげたいと考えています。
ぜひ一度ご連絡ください。
彼らの力になるべくご相談、ご質問等お待ちしています。
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